チロルの話 その2

どうもkuroです。
好きな少女漫画は有吉京子先生の『SWAN』です。

前回更新分を読み直したら、自分がまるで少女漫画に偏見があるかのように見えたので、ここで注釈入れておきます。
私は少女漫画が大好きです。学生時代、『LaLa』と『花ゆめ』は毎月読んでましたし、吉田秋生先生の『バナナフィッシュ』は自分の好きな漫画ベストテンには確実に入ります。高河ゆん先生の『アーシアン』をすべて初版本で持っているのは自慢ですし、少女漫画カテゴリだけで単行本1000冊以上持ってます。だいぶ疎くはなりましたが、今でも普通の人よりは少女漫画に詳しいと思います。最近のお気に入りは『ちはやふる』。
『SWAN』は一番最初に読んだ少女漫画なので、特に印象が強いです。初めて読んだとき、その絵のあまりの美しさに呆然となりました。『バナナフィッシュ』や川原泉先生の『銀のロマンチック…わはは』とかの方が漫画としては好きではありますが、『少女漫画』とカテゴリをうつならやはり『SWAN』がいまだに一番ですね。ちなみに30年以上前(!)の漫画です。自分でも調べて驚いた。そんな昔だったのか〜。

さて、『チロル』です。

『チロル』の物語は女の子の語りで進む一人称小説です。これはまさしく少女漫画の形式ですね。『夏目友人張』のような特殊なもの以外、おおよそ少女漫画はこの形式で描かれます。これは読者層が女性だからです。当たり前の事ですが、これはとても大切。
一般的に、主人公=ヒロインでしかも一人称の図式は、ラノベ的、特にラブストーリー系ではあまりオイシイやり方ではありません。これはラノベの主たる想定読者層が男性であるためです。
一人称の主人公は読者の分身です。これが女性ですと男性目線で読むときにどうしても感性の齟齬が生まれます。それは読み手に微妙なストレスを与えることが多いです。むしろ読んでも祖語を感じないと言うことは、リアルな女性の目線で書くことに成功していないと言えるでしょう。ケータイ小説を例に考えれば分かると思います。あれの主人公はおおよそ女性で、読者も女性で、当然女性的な感覚に特化して書かれている。男が読んでなかなか共感できないのは、私は当たり前のことだと思っています。そういう風に書かれているのですから。
また、百合モノならともかく、普通の男女のカップルなら恋をしていく相手が当然男になります。これは上手く書かないとけっこうなハードルになり得ます。それはアッー!な世界ですから。男はあまり男に恋したくないでしょう? 男なら可愛い女の子に恋をしていく方が、感情的に分かりやすいですよね。
そして、ヒロイン=主人公の可愛さを、主観的に描くのが難しいということもあります。もし主人公が自分の事を可愛いと言ったら、言った時点で傲慢でいやな女になりますが、男主人公がヒロインを「美少女」と言えば美少女であることはよく分かりますよね。

簡単に言えば、ラノベは多少スケベな男の視点で見た方が、すんなり読みやすいし、感情移入もしやすいし、ヒロインの女の子を可愛く書くのも簡単なのです。女性視点の一人称はラノベという男性市場では、自らハードルを上げる行為なわけです。

そこをあえて『チロル』は女性視点で書いている。
なぜそれでOKしたかと言えば、木村さんならそれでも可愛い女性像を描けるだろう、という信頼からです。過去の著作(『ぺとぺとさん』が分かりやすいかな?)から、女性一人称でリアルな女の子を描くのがやけに上手く、それなのにちゃんと萌えもプラスして書かれている、と言う印象があったからです。
「リアル」と「萌え」はそもそも相反する要素ですから、その時点で貴重な才ですね。

果たして原稿が上がってみると、つぼみは予想通り可愛い女の子に仕上がってくれました。読んだ人が、女性なら分身として、男性なら後ろから応援したくなる女の子として描かれている。これはラノベの女の子一人称としては、かなり強力な成功例ではないかと考えます。
好きな人の昔の恋人の陰を知りつつも、一途に恋して、一生懸命に戦える。そんなつぼみの可愛さは十分保証できます。ぜひ皆さんにも、つぼみを応援していただきたいものです。


……と、最近文章がくだけすぎなので今回はちょっと真面目に書いたのですが、……書いててつまんねー! やっぱりつまんねー! 向いてないことがよく分かりました。


次はくだけたのを書きます。

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こういうニュースがあるうちは、日本は平和だと思う。